B2Bコラム

営業の話し方は抑揚より「立て」|アクセント位置で意味が変わる

立て(プロミネンス)とは、一文の中の「どの文節」にアクセントを置くかという設計のことです。同じ台本でも、立てる位置が変われば、聞き手が受け取る意味が変わります。俳優が台本に必ず書き込むこの設計が、営業の現場ではほぼ手つかずのまま残されています。この記事では、指でタップして体感できるデモとともに、「立て」を商談に翻訳します。


1. 「抑揚をつけろ」という指導が、何も変えない理由

田村健一(仮名・42歳)は、従業員35名のIT系専門商社で営業部長を務めています。部下の商談に同席するたび、同じ違和感を覚えてきました。トークスクリプトは全員同じ。内容も間違っていない。それなのに、エースが話すと相手が身を乗り出し、他のメンバーが話すと相手はパソコンに視線を戻すのです。

田村さんはこれまで「もっと抑揚をつけて」「大事なところは強調して」とフィードバックしてきました。しかし翌週の商談で起きるのは、文章全体が大げさになるだけという現象です。声は大きくなり、身振りは増え、それでも相手には届かない。本人も「強調しているつもり」なので、これ以上どう直せばいいのか、指導する側も言葉を持っていませんでした。

原因は気合や声量ではありません。「どの一語を立てて、どの語を捨てるか」が設計されていないことです。全部を強調した文は、何も強調していない文と同じに聞こえます。

2. なぜ「話し方研修」では直らないのか

話し方の研修や書籍は、声の大きさ・スピード・身振りといった「文章全体」の話をします。しかし商談の勝敗を分けているのは、もっと細かい単位——文節です。

「抑揚」という言葉は範囲が広すぎて、現場では使えません。ピッチを上げるのか、音量を上げるのか、どの語で上げるのか。指導語として曖昧なため、受け手は「元気に話す」ことで応えようとします。これが1章の「全体が大げさになる」現象の正体です。

俳優の世界では、この問題を「立て」という一語で解決してきました。台本を文節で区切り、立てる文節を1つ決め、残りをあえて平らに置く。立てる場所を決めることは、捨てる場所を決めることでもあります。この「捨てる」設計が、話し方研修にはありません。

3. 演出家の解:コーラ1フレーズ理論

理屈より先に、体感してください。次の一文の文節をタップ(クリック)すると、立てる場所が変わります。声に出して読み比べると、意味の変化がさらにはっきり分かります。

DEMO 01 ── コーラ1フレーズ理論

▲ 文節をタップすると、立てる場所が変わります

同じ9文字の一文が、立てる位置によって「誰が」「何を」「どうしたい」という3通りの別の文になりました。これがコーラ1フレーズ理論——「俺は、コーラが、飲みたい。」の一文で立ての効果を体感する、私が指導で最初に使う練習法です。

では、これを商談に翻訳します。あなたのチームが毎日使っているこの一文は、どう立てるべきでしょうか。

DEMO 02 ── SCENE 価格提示

▲ 商談の文脈によって、正解の立ては変わります

タップして分かるとおり、どの立てが正解かは、商談の文脈が決めます。相見積もりの終盤なら「弊社は」。相手がまだ課題を自分ごとにできていないなら「この課題を」。機能説明が終わって最後の一押しなら「解決できます」。エースが無意識にやっている使い分けを、型として言語化したものが立ての設計です。

Before(設計なし)

営業「弊社はこの課題を解決できます」(全文を均等な強さで、少し大きめの声で)

After(立ての設計あり)

営業「弊社は、——この課題を、解決できます」(『この課題を』だけを立て、直前に短い間。他の文節は静かに置く)

手順は3つだけです。

  1. 商談でいちばん大事な一文を選び、文節(「、」で区切れる単位)に分解する
  2. その商談の文脈で立てる文節を1つだけ決める(2つ立てたくなったら、それは1つも立っていません)
  3. 残りの文節を「捨てる」——あえて平らに、静かに置く

4. AI時代の文脈:立ては、テキストに書かれていない

生成AIの登場で、トークスクリプトの「言葉」は誰でも一定水準まで作れるようになりました。しかし、AIが出力した台本のどこにも「どの文節を立てるか」は書かれていません。同じ台本を持った営業が10人いれば、10通りの読まれ方をして、結果もばらばらになります。

つまり、言葉が標準化されるほど、立ての設計という「テキスト化されない情報」が、そのまま差になります。ここが、生成AI時代に非言語コミュニケーションが人間のラストフロンティアになると私が考える理由です。台本はAIに書かせてもかまいません。演出は、まだ人間の仕事です。

5. 90日でやること

今日から動ける手順を3つに絞ります。

  1. チームの標準トークから「勝敗を分ける一文」を1つ選び、文節に区切って、立てる文節を決めてください(会議の議題として15分で終わります)
  2. 次の商談で、その一文だけ立てを実行してください。全文を変える必要はありません。1文だけです
  3. 商談を録音し、その一文の前後だけ聞き返してください。自分では立てたつもりでも、録音では平らに聞こえる——このギャップの発見が、最初の90日でいちばん価値のある気づきになります

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この記事を書いた人

まるお(MARUO ACT 運営者/裏の演出家)

元・舞台俳優として10年以上・年間112本の舞台に立つも、下半身不随の危機(椎間板ヘルニア等)で舞台を降板。「障がい者と本気の舞台を創る」という夢の実現に向けビジネスへ転身。大手営業組織で離職率80%の組織を退職者1名に改善し、前年比188%UPの受注成果を実現。現在は「裏の演出家(非言語セールスイネーブルメント)」として、俳優の非言語技術を営業・商談の現場へ提供している。

プロフィール詳細


よくある質問(FAQ)

Q. 「抑揚」と「立て」は何が違うのですか?
A. 抑揚は声の高低変化という「現象」の名前で、立ては「どの文節を際立たせるか」という設計の名前です。立てる場所を決めれば、抑揚は結果として自然に生まれます。順序が逆になると、1章のように文章全体が大げさになるだけで終わります。

Q. 声が小さい・単調だと言われる人でも効果がありますか?
A. あります。立ては声量を上げる技術ではなく、立てる一語以外を「静かに置く」技術だからです。声が小さい人ほど、周囲との差だけで立てが成立するため、むしろ効果を実感しやすい傾向があります。

Q. オンライン商談でも使えますか?
A. 使えます。画面越しでは身振りや視線の情報が減るぶん、声の中の立ての比重はむしろ上がります。マイクを通すと平坦さが強調されやすいため、オンライン商談こそ立ての設計が効く場面です。


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